正しいとか、正確とかよりも、大事なことって?

こんにちは、福山宏です。

こちらは大阪の桜ノ宮公園の川縁です。
桜の蕾が膨らんで、そろそろ咲きそうな感じ。こう言った命の変化が目に見えると、どことなく感慨深くなります。

この辺りは、散歩するにはもってこいなんですよ。今頃の季節なら本当に気持ちいいいです。

桜嵐坊先生の動画がきっかけでした。

さて今日は、長年の正しさ、正確さ、精密さににこだわる自分の枠が外れる感覚を味わった、というエピソードを一つ。

自分の殻をやぶることは、時として必要なこと。あるいは強いられることもありますね。ただ、私は頑なにこれを拒むことをよくやってきました。
そんな把握をしていたら、あとで痛い目に合うよ!直せ直せ!とアドバイスしがち。それは、何を隠そう自分が失敗して痛い目に遭うのが嫌で、その投影をしてしまっているようなもの。

ただ、その枠がとれたかも?と思うきっかけになった動画があります。クラブハウスで知り合った方から教えていただいた、お坊さんの動画です。このお坊さんの動画を見て、しみじみ思うことがありました。

セルフコーチングで気づいた正しさ、正確さの呪縛

最近、すぐにモチベーションが下がるのはなんなんやろ?今やっていることが、本当にやりたいことではないのか?と、色々自分軸を精密に探ることを繰り返してきました。

しかし、やりたいことが見つかっていないのではなかった。
セルフコーチングで、うまくいかなかった自分をずっと責めていたことに気づいたのがつい先日。これではまだ足りない!まだまだ!間違わないように、正確に!とどこか自分を駆り立ててきました。

なぜこうも自分を責めるのか?行動を起こすのに自分を駆り立てるのか?その発端は、父との関係で未消化な感情があったからでした。しかし、これについては長くなるのでまた別の機会に。

今回お伝えしたいのは、正確さとか、精密さもほどほどにしてみては?ということです。

それにしても、そもそもなぜ間違いが怖かったのだろう?失敗が怖かったのだろう?それを辿ってみると、小さな頃に浮かんだ死ぬことへの恐怖と不安がもとでした。

死ぬってなんにもなくなる、真っ暗やねんで。そんな風に兄に吹き込まれて、すごく怖くなった幼少期。一人で真っ暗な中で過ごさなければならないなんて、怖いし寂しい。誰もいないなんて・・・。

そして、安心を求めるために父に聞きました。「人は死んだらどうなるの?」。父からは明確な答えがもらえなかった。

1人になる怖さ、寂しさへの不安は消えないまま。

成長するにつれて、死への怖さはなんとなく誤魔化したり、からくりもわかってきて気にならなくなっていったものの、どこか感情に蓋をしている状態でした。

ちなみに人は命を終えたら、個体に宿る意識の枠がはずれて、エネルギー状態に戻るのみと考えていて、この感じを科学的に説明してくれるのは量子力学や物理の相対性理論でした。

心理学は生きている間の人の心理の研究で、人は死んだらどうなるの?ってところはわからない。

ならば仏教は?と考えた時に、死生観として、禅的な考え方「人は死んだらば終わり。だからただ座り修行する」という発想が一番しっくりきていました。

桜嵐坊先生の動画が教えてくれたこと

そしてつい先日、桜嵐坊というご住職の動画を、たまたま観る機会に恵まれました。この動画のお話は、徹底的に事実を捉えて進めていくお医者様「ニイミ」さんと、娘の愛ちゃんのお話。愛ちゃんが結核だとわかるところから始まります。

そのお医者様のニイミさんは、あるお坊さんとも友人関係。二人はよく酒をくみ交わす仲でした。

ニイミさんは、お坊さんとお酒を飲むとよく、「お坊さんはええな。死者は急がんからな。病人は急ぐぞ。極楽浄土もよくできた話やけど、死んでしまったら終わりだろう」。とけしかけ、言い合いになることもしばしばだった様子。

そんな彼の娘さんの愛ちゃんはわずか7歳。幼い体で結核を患ってしまいます。虚弱体質で薬が使えないこともあり、命が危ぶまれていました。

小さいながらも死ぬのが怖いでしょう。病床で愛ちゃんが、お父さんに問います。

「お父さん、愛は死んだらどこに行くの?」

ニイミさんは、「死なせはしない!」といきまくものの、娘さんの恐怖は消えません。
(ああ、まるであの時の僕のよう)

また別の夜中に、同じことを問われて困ってしまったニイミさん。職場の看護師さんにお寺参りをよくしている人がいたので、訊いたのだそうです。

「看護師さん、君が参っているお寺では、死んだら人はどこに行くと教えてくれるの?」

看護師さんは応えます。

「よくはわかりませんが、極楽浄土があって、阿弥陀様が両手で抱き寄せて、連れていってくれるのだそうですよ」

愛ちゃんは恐怖が消えないらしく、同じことを訊いてきます。ニイミさんは、看護師さんから教えてもらえたことを、そのまま伝えました。そして

「お前が大好きだったお婆ちゃんも先に行ってるから、お婆ちゃんと一緒に暮らせるよ」

とも加えられたそうです。

連日怖くて眠れなかった愛ちゃんは、安心したようにぐっすり眠りました。そして1週間後に、残念ながらこの世から旅立ちました。


意気消沈の葬儀。友人のお坊さんがとりおこないます。葬儀が終わって、友人でもあるお坊さんは、意気消沈するニイミさんを奮い立たせる意味で、少し意地悪な声をかけました。

「どうや、極楽浄土はやっぱりなかったかなぁ。」

するとニイミさんは眼光を強めて、

「お前の言う極楽浄土がなかったら、愛はどこに帰ればええんじゃ、なくてたまるか!極楽浄土がなくてたまるかー!」

と大声をあげて泣いたのだそうです。

たとえ正確な事実が分からなくても

死後の世界は誰にもわからない。ないともあるとも言えない。これまで正しさ、正確さを求めた私の答えは、こんな表現になるでしょう。

しかし、極楽浄土でお婆ちゃんと暮らせると知って、安心して逝った愛ちゃんのことを考えると、私の正しさは残酷でしかない。
死んだらどうなるの?と父に問うて、明確な答えが返ってこなくて、怖くて泣いた小さな頃の自分。あの頃の自分に、死んだら終わり!諦めろとは、やっぱり言えないもの。

この話を知って、自分が捉える正確さや精密さって、必ずしも人を安心させたり、幸せにするものでもなければ、あの時の僕の不安を解消するものでもないのだなと、つくづく思いました。

正確さを求められることもあるでしょう。求められた時には、僕は能力があることにはなるでしょう。

だけど、不安を取り除いたり、恐怖を和らげるのには限界がある。

だから、こだわりすぎるのはやめにしようと思ったんです。せめて自分のこだわりを認めるなら、使い道をわきまえようと思ったのです。

浄土真宗のことも、勉強しようと思いました。

遊びのある人生を

それは、自分が命ある間に、自分の望む未来を作るときも同じことなんじゃないかな。

これが正しい、これだ正確、というのもほどほどに。遊びのある人生にしたいなと思います。

そして、人と不安を共にして、寄り添い、解消して、安心を共有する心の持ち主でありたいと思いました。

最後に、桜嵐坊先生の動画を貼っておきますね。

・人生を切り開いた喜びの声
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